写心庵の秘密。写心庵の名前の由来は?

2016.12.13 (火)

先日、新聞の取材を受けたのを機に、当時の事を思い出しながら、写心庵の秘密と題して、なんでこの仕事をするようになったのか? どういう想いでこの仕事をしているのか?をシリーズ化していこうかと思っています。

写心庵の秘密名前の由来について。

 

血液ガンの闘病中はあまり外にでる事ができませんでした。 免疫が弱くなっていたので、なるべく外にはは行かない方が良いとの事でしたので・・・。

そもそも治療真っ中の時は身体もだるく、外に出る気力もなかなかおきませんでした・・・。

ですので、家にいる時にはテレビと本を読んで過ごす事が多かったです。

 

そんなある日、テレビの旅番組で比叡山のお坊さんで、2度の千日回峰行を行った方のインタビューが流れていました。

 

その方はとにかく、「にこにこ」していて・・・・・。生き仏と言われていて、本当にお地蔵さんのような笑顔でした・・・・。

 

「こんな素敵な笑顔の方もいらっしゃるんだな~」と、なんとも言えない嬉しい気持ちになっていつか会ってみたいと思いました。

 

それから、しばらくしてその事は忘れていたのですが・・・・。

 

ある時に妻が一冊の本を借りてきてくれました。

 

それは帯津先生(自然療法のお医者さん)と比叡山の御坊さんの対話本でした。

 

その中で、比叡山のお坊さんの師匠にあたる方が、「お医者さんにかかる事は苦手だが、元気に毎月、比叡山から、埼玉の与野に通っている」というくだりがありました。

 

その方が以前にテレビで見た・・・・「にこにこ顔の御坊さん」だったんです。

自分は旧与野市(今はさいたま市)に住んでいます。 驚きました・・・・。

与野のどこにいらしているんだ・・・・と。

 

 

その御坊さんの事をネットで調べました・・・・。 お名前は酒井雄哉 さんとおっしゃる方でした。(ウィキペディアより)

 

調べて、与野にいらしている場所(当時はお寺の前哨でした)に自分も行く事は可能なのか?を連絡してみました。

調べれば調べる程、凄い方でした。・・・・。

千日回峰行を2回された方は戦国時代以降で3人しかいないとか・・・

ローマ法王に直接謁見したりと。。。

緊張しながら与野での法話の会に参加させて頂くようになりました。

テレビで拝見した、そのまんまの「いつもにこにこした笑顔で・・・・」本当にお地蔵さんのような方でした。

決して偉ぶる事なく、失礼な言い方かもしれませんが・・・・偉いお坊さんなのに、人懐っこく優しい方でした。

お加持(神仏の加護を祈ること。儀式。初め,密教の修法、病気・災難の除去などの現世利益を願う祈禱)をしていただく(病を追い出すように)してくれました。

比叡山にある、酒井大阿 闍 梨さんのお寺は、「長寿院」といいます。

 

そして、与野にあるお寺は「長寿庵」と言いました・・・・・。

 

そう、写心庵は「長寿庵」のを頂きました。

 

2011年には震災の直前に比叡山の飯室不動堂、長寿院に行く事もできました・・・・。

 

写心庵のコンセプトになっている「見る・撮る・語らう・・・・」は長寿庵に通っていた時の体験からできています。

 

残念ながら酒井大阿闍 梨さんは2013年にお亡くなりになりました。

 

今も頂いたご本や、色紙への御言葉は大事にしています・・・それぞれの意味があると思っています。

 

自分は、写心を通して、皆さんがお話をしてたり元気になったり・・・・と写心庵でそれができたらと思ってお名前を頂きました。

 

今回の写心庵の秘密・・・・写心庵の名前の由来についてはいかがでしたでしょうか?

 

最後までお読み頂きありがとうございました。

 

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